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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)616号 判決 1949年12月26日

控訴人 原告 赤羽産業株式会社

訴訟代理人 長繩由治郎

被控訴人 被告 中村繁

訴訟代理人 河辺久雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、控訴人が被控訴人との間において東京都江東区東陽町一丁目十一番地宅地七十四坪九合一勺につき賃料一ケ月金三十三円、期間昭和十六年二月十九日より昭和四十六年二月十八日迄なる賃借権を有することを確認す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とすとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却すとの判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、控訴代理人において、控訴会社は昭和二十三年五月十日、旧商号たる赤羽不動産株式会社を、赤羽産業株式会社と変更し、且つその本店を、東京都中央区京橋槇町一丁目一番地六から茨城県北相馬郡山王村大字山王五十三番地に移転したと陳述し、なお法律上の見解として、(一)戦時緊急措置法(以下単に緊急措置法と略す)戦時罹災土地物件令(以下単に旧令と略す)及び罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に臨時処理法と略す)を一貫して研究すれば、旧令附則第三項に遡及効あることは明白である。即ち旧令にいう罹災土地とは、一般の戦災土地を指称したので、旧令施行の日たる昭和二十年七月十二日後に戦災に罹つた土地のみを指したのではない。右法律勅令の該当条項を研討すれば、今次戦争による罹災の土地及び物件については、その全部を保護する法意たることは明かで、本件建物が戦災を蒙つた昭和二十年三月十日は、なお控訴人の借地権の存続期間内であつたのだから、その後施行せられた緊急措置法、旧令、臨時処理法は、全部本件の場合に適用せらるべく、殊に緊急措置法の施行せられた昭和二十年五月十日は、本件借地権はなお存続していたのであるから、同法の適用のあるのは 尚更疑の余地がない。緊急措置法第一条及び旧令第一条の法文のみでは、解釈上旧令の遡及効に疑を抱くものがないとはいえないから、旧令施行前に罹災した土地物件にも遡及して効力を及ぼす意味を明かにするために、旧令附則第三項が設けられたのである。従つて本件地上建物は昭和二十年三月十日戦災により燒失したのであるから、土地の賃借期間は同日より進行を停止し、昭和二十一年九月十五日臨時処理法が施行せらるると同時に復活し、同法第十一条の適用によつて、少くとも同法施行の日から十年間借地期間が存続する筈である。もし旧令附則第三項に遡及効なしとすれば、同令施行前の戦災被害者は全部同令及び臨時処理法の保護を受けられぬこととなり、例えば、旧令施行の後半月でも一月でも借地権の残存期間があれば、旧令や臨時処理法の保護を受けられるが、本件のように建物燒失当時は借地権存続期間内であつたに拘らず、その後旧令施行の僅か前に期間が満了すれば、同じ保護が受けられぬというのは、法律の不備、立法の不用意により、旧令施行前の戦災被害者に著しい不利益を蒙らせ、殊に遙かに数の多い昭和二十年七月十二日前の罹災者にとり頗る不公平である。(二)旧令附則第三項のいわゆる「本令施行ノ時ヲ以テ建物ノ滅失シタル時ト看做ス」とあるのは、本件についていえば、建物は実際は昭和二十年三月十日に滅失したけれども、同年七月十二日に滅失したものとみなされるということになるので、旧令及び臨時処理法の適用を受け、結局本件賃貸借期間は、実際建物の滅失した日からその進行を停止し、同年六月三十日にはまだ期間満了ということなく、臨時処理法施行と同時に、期間が進行を始め、その後に契約上の期間が満了することになるが(一)に前述した如く、同法第十一条の適用によつて、尚十年は存続すとせらるるのである。(三)戦時混乱の非常時には、国民は生死の境を右往左往しており、何人も罹災跡の借地の使用を積極的に行う者なく、ただ単に気にかかつている程度であつたのだから、平常時の法律を文字通り適用することなく、土地の使用を現実に継続しなかつたとしても、借地権抛棄の意思表示をしなかつた場合には、借地権の黙示の更新があつたと見るのが至当である。ことに建物燒失と共に賃貸借期間の進行は停止せられ、臨時処理法施行と共に同法第十一条によつて借地法の適用が除外されたのであるから、その以前の期間満了の日(本件についていえば昭和二十年六月三十日)や、燒跡地の使用継続の問題は論ずる必要もないのであると述べ、被控訴代理人において、控訴会社の商号変更及び本店移転の事実を認めると述べた外は、原判決事実適示の記載と同様であるから、茲にこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一号証、第二号証の一乃至三を提出し、原審における控訴会社代表者赤羽房兵衛本人の供述を援用し、乙第一号証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

訴外新見いわが、被控訴人よりその所有に係る本件宅地を、普通建物所有の目的を以つて賃借し、その地上に控訴人主張の如き建物三棟を所有していた事実、同訴外人と被控訴人との間に紛争を生じたが、昭和八年十二月一日裁判上の和解が成立し、これにより、右賃貸借の期間は大正十四年七月一日より昭和二十年六月三十日まで、賃料は一ケ月金三十三円七十銭と定められた事実及び控訴人が昭和十六年二月九日右建物を同訴外人より買受けると共に、右土地賃借権の譲渡を受けた事実は当事者間に争なく、右借地権譲渡につき被控訴人の承諾のあつた事実は、被控訴人の争うところであるけれども、控訴人が昭和十六年二月分から同十九年十二月分までの右宅地の賃料を、昭和十六年七月二十五日より同二十年一月二十六日までの間に供託し、被控訴人が該供託金全部を受領した事実は被控訴人の認めるところであるから、特別の事情の何等認められない本件においては、これにより被控訴人が暗黙に、控訴人の前記借地権の譲受けを承諾したものと認むべきであつて、控訴人はその賃借人たる地位を承継したわけである。そしてその賃貸借の前記契約上の終期たる昭和二十年六月三十日の以前である同年三月十日に本件宅地上の前記建物が戦災により滅失した事実また当事者間に争がない。

而して控訴人の原審及び当審における主張を綜合して要約すると、第一段に、旧令附則第三項により右建物は、同令施行の日である昭和二十年七月十二日に滅失したもの、換言ずれば同日までは滅失せずに存在していたものとみなされ、敷地の賃貸借の期間は建物が現実に滅失した同年三月十日からその進行を停止し、その後前示契約上の終了日たる六月三十日にはまだ満了するのでなく、臨時処理法施行の日たる昭和二十一年九月十五日に至つて期間の進行を復活するから、その後に期間満了が生ずることになる。然し臨時処理法第十一条の適用により、右賃借期間は同日より少くとも十年間存続すべきものであると主張するから、先づ、この点について審究するに、本件宅地は、その地上建物の滅失が旧令施行前であるけれども、旧令附則第三項の冒頭に、「本令施行前空襲其ノ他戦争ニ起因スル災害ニ因リ滅失シタル建物ノ敷地」とあることからみても、勿論同令第二条に定義している罹災土地の中には、旧令施行前に罹災したものも含むこと、まことに控訴人の主張する(前示事実摘示中の(一)参照)如くであるから、同附則第三項の末段に「本令施行ノ時ヲ以テ建物ノ滅失シタル時ト看做ス」とあるところによれば、本件地上の建物は、実際に燒失した前示の日ではなく、同令施行の日たる昭和二十年七月十二日に滅失したものとみなされると、一応解せられるようであるが、右の「看做ス」とあるのは、同令の各条項全部の適用についてではなく、個別的に、そうする必要のある四つの条項の適用についてだけであり、本件で問題となるのは、旧令第三条第一項の「罹災土地エ付存スル借地権ノ存続期間ハ建物ノ滅失シタル時ヨリ其ノ進行ヲ停止」するという規定の適用についてであるから、右附則第三項によれば、本件の場合はまた一応、同項末段の適用があるようにも思はれる。然し乍ら同令及び同令附則第三項の字句を、当時同令の制定を必要とした立法理由に照らし仔細に考察すれば「罹災土地ニ付存スル借地権ノ存続期間」が「建物ノ滅失シタル時ヨリ其進行ヲ停止」すると定めた規定の適用について、「本令施行ノ時ヲ以テ建物ノ滅失シタ時ト看做」すのは、苟も同令施行前に罹災した建物があつた場合にその敷地の借地権の期間に関する法律問題については、すべて施行の時に建物が滅失したものとして解決するというのではなく、かかる敷地の存続期間が施行当時に残存している場合には、たとえそれが短期間であつても、その期間の進行が、施行の時から停止することを言つたものにすぎぬことは、文言の上からも明瞭であるし、事例の少ない場合ではあろうが、建物燒失当時には借地権なお存続中で、その後旧令施行前に期間が修了したものについては、控訴人の主張するように、特に施行前建物の滅失した時から進行を停止するという解釈をすることは、文言上からも無理である。もし後段のように解釈することが文言上はとにかく、立法の精神に適うというならば、建物滅失の時から賃借期間の進行を停止させるのを相当とする同じ立法理由は、施行当時まで借地権の期間が存続していたものについても、同様に存在しているといわねばならない。何故同令施行の時から始めて期間の進行を停止することにしたのかと考えてみると、同令施行までは、賃貸人も、賃借人も、賃借期間の進行が停止されて、その間借地権者はその権利を行使することを得ず、賃貸人は地代賃料の請求ができなくなるという同令第三条の定むる効果は全く予想しなかつたところであるから、施行前に建物が滅失した場合には敷地の借地権が存続しているとき、或は滅失後終了したときに応じ、それぞれ既存の法令の律するところに従う意思で行動してきたに相違ないので、そのことを前提とし、法律不遡及の原則によつて、実際の建物滅失の時まで期間進行の停止を遡らしめることなく、同令施行の時から期間進行停止の効果を発生せしめることにしたのだと解すべきである。ただその表現の方法として同令施行の時を以て建物の滅失したる時と看做すとしたに外ならぬ。かく解することによつて、同令施行のごく僅か前に借地権の終了した場合と、同令施行の時にはまだごく僅かな残存期間がある場合とを比較してみると、如何にも控訴人の主張するように、法の保護の不公平に思はれることがないでもないが、右の立法趣旨からみて、この場合、法不遡及の原則を貫くのが正当である以上、他にもたくさん例があるように、己むを得ないことであり、控訴人の本件借地権は建物の実際の滅失後、契約上の期間満了日たる昭和二十年六月三十日に、終了するものであるといわなければならぬ。

前示事実摘示の(一)及び(二)に掲げた控訴人の主張の中以上に述べたところに反するものは、要するに法律上の見解の相違であつて、採用するを得ない。

そこで次に、控訴人が第二段に主張する、控訴人は右六月三十日以降本件土地の使用を継続していたので、右賃貸借は更新せられたものであるという点に入り審按するに右主張は、借地法第六条に定むる、借地権者が借地権消滅後に土地の使用を継続する場合に、土地所有者が遅滞なく異議を述べなかつたときは、前契約と同一の条件を以つて更に借地権を設定したものとみなされる効果の生じたことをいうものと解するのであるが、借地権者たる控訴人において、前記六月三十日の経過後、土地の使用を現実に継続し或は現実に継続したと同視すべき事実のあつたことは、これを認むに足る証拠なく、却て原審における控訴会社代表者赤羽房兵衛の供述によれば、前示建物罹災後は燒跡の土地はそのままに放つておいて使用しなかつた事実を認めることができる。控訴人は更に戦災当時の混乱の際は、現実に、土地の使用を継続しなくても、積極的に借地権の抛棄がなければ、賃借権の黙示の更新ありとみるべきだと主張するけれども、右借地法第六条の明文に照らし、この見解を採用することはできない。又仮に控訴人の主張を前示の如く、罹災建物は旧令施行の日たる昭和二十年七月十二日まで滅失しなかつたこととみなされる結果、六月三十日後も地上に建物を所有して土地使用を継続したという法律上の効果があるというように、広く解してみても、既に前段説示の通り、本件の場合六月三十日後に地上に建物が存続したとみなされる効果も出てこないのであるから、これまた採用するを得ない。然らば、前示六月三十日の借地権消滅後土地使用の継続によつて賃貸借が更新せられたという控訴人の第二段の主張また認容するに由ない。

以上に述べた如く、本件宅地に対する控訴人の賃借権は、昭和二十年六月三十日に消滅したのであるから、その存在を前提として賃借権の確認を求むる本訴は、既にこの点で失当であつて、これを棄却した原判決は正当なりというべく、本件控訴はその理由なきにより、これを棄却すべきものとし、控訴申立後の訴訟費用につき民事訴訟法第九十五条第八十九条に則り、主文の如く判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 薄根正男 判事 野本泰)

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